スキーやスノーボードの滑走面(ソール)は「エクストルード」と「シンタード」の2種類があり、どちらを選ぶかで値段もメンテナンスの手間も変わります。ところが調べてみると、ネット上の説明は食い違っていることが多く、以前この話題を書いた当サイトの記事にも根拠のない数値が入っていました。
そこで今回は、ソール材メーカーのデータシート・特許・論文といった一次情報だけを使って整理し直しました。本文中の [1] のような番号は、末尾の参考文献へのリンクです。後半では、よく見かける説のうち「解釈が違うと思われるもの」を理由と一緒に検証しています。

ひと目でわかる比較表
| 項目 | エクストルード | シンタード |
|---|---|---|
| 素材 | HDPE(分子量 30万〜60万) | UHMWPE(分子量 80万〜1,050万。多くは数百万以上) |
| 作り方 | 溶かして平たい口金から押し出す | 粉末を型に詰めて何時間も加圧・加熱し、固まったブロックを薄く剥ぐ |
| 板の価格帯 | 入門〜中級モデルに多い | 中級〜上位モデルに多い |
| 耐摩耗性 | 普通 | 高い(UHMWPE の最大の長所) |
| ワックスを塗った状態の滑り | 普通 | 速いとされる |
| ワックスが切れた状態の滑り | 落ちにくい | 落ちやすい |
| 自分での補修 | リペアキャンドルでなじみやすい | キャンドルは剥がれやすい。ショップ向き |
| 向いている人 | 手入れを最小限にしたい人、レールやボックスで擦る人 | スピードや滑走の伸びを求める人、こまめに手入れできる人 |
自分の板のソールがどちらかは、スペック表の「Extruded」「Sintered」の表記で確かめられます。見た目での見分け方は、チューンナップショップの次の動画がわかりやすいです。
先に結論
- 違いは分子の長さ(分子量)と成形方法です。エクストルードは分子量数十万の HDPE を溶かして押し出したシート、シンタードは分子量がその10倍前後以上ある超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)の粉末を焼き固め、薄く剥いだシートです。
- ワックスは「穴」に染み込むわけではありません。結晶になっていない(非晶)部分に、ごく浅く溶け込むだけです。「シンタードはスポンジ」「エクストルードは一切吸わない」はどちらも言い過ぎです。
- 「4000」「7500」などの番号は分子量ではありません。メーカーごとの品番です。
- 選び方の実用的な目安は従来どおりです。手入れを最小限にしたい・パークで擦る → エクストルード、滑走性と耐摩耗性を取りたい → シンタード。
エクストルードとシンタードの違いは「分子量」と「作り方」
ソールに使われるポリエチレンは、炭素が鎖のようにつながった分子でできたプラスチックです。この鎖が長いほど「分子量が大きい」と言います。使われるのは次の2つのグループです。
- HDPE(高密度ポリエチレン):分子量は数十万。溶かすと流れるので、押し出して成形できる。→ エクストルード(extruded=押し出された)
- UHMWPE(超高分子量ポリエチレン):分子量は数百万以上。溶かしてもほとんど流れないので押し出せない。粉末を加圧・加熱して固める。→ シンタード(sintered=焼結された)
つまり「押し出せるかどうか」は分子量で決まります。ドイツのクロスカントリー専門メディア xc-ski.de は「分子量50万までの PE は、たいてい押出成形でソールに加工される」と説明しています[23]。成形方法の違いは、分子量の違いの結果です。
ソール材メーカーが公表している数値
スキー・スノーボードのブランドは、ソール材を専門メーカーから仕入れています。代表的なのはドイツの CPS(P-tex ブランド)、オーストリアの Isosport(ISOSPEED)、米国の Crown Plastics(DuraSurf)です。各社が出している分子量をまとめると次のとおりです。
| 製品 | メーカー | 種類 | 素材(公式表記) | 分子量(g/mol) |
|---|---|---|---|---|
| DuraSurf E801 | Crown Plastics | エクストルード | HDPE | 300,000[8] |
| DuraSurf E901 | Crown Plastics | エクストルード | HDPE | 500,000[8] |
| IS 4400 | Isosport | エクストルード | HDPE | 600,000[5] |
| P-tex 800 / 1100 | CPS | エクストルード | HDPE | 非公表[1] |
| ISO-SPEED 4500 | Isosport(YONEX 採用) | シンタード | — | 800,000[33] |
| P-Tex 2000 | IMS/Gurit(旧 P-Tex 製造元) | シンタード | UHMWPE | 5,000,000[16] |
| P-tex 3000 HTR | CPS | シンタード | UHMWPE | 9,200,000[2] |
| P-tex 4504(黒) | CPS | シンタード(導電性添加剤入り) | UHMWPE | 9,200,000[3] |
| IS 7500 | Isosport | シンタード | UHMWPE | 9,200,000[4] |
| ISO-SPEED 7800 | Isosport(YONEX 採用) | シンタード | — | 10,500,000[33] |
エクストルードは30万〜60万、シンタードは80万〜1,050万で、多くのシンタードは数百万以上です。なお、前回の記事の表にあった「P-Tex 1100 の分子量は400万」などの数値は、どの一次情報にも出てきませんでした。P-tex 1100 は、メーカー自身が押出 HDPE と書いている製品です[1]。
作り方の違い:押し出すか、焼き固めて剥ぐか

ここでは、各社の資料や特許に書かれている工程を順に追っていきます。温度や時間は特許の実施例に書かれた一例で、各社の実際の条件は公開されていません。
エクストルード(押出成形)の工程
エクストルードは、樹脂のペレットを押出機で溶かし、平たい口金(ダイ)から薄いシートとして押し出します。Burton の解説では「溶けたプラスチックを工業用のダイに通して薄いシートにし、大きなスプールに巻き取る」と説明されています[21]。もう少し細かく分けると、次のような流れです。
- 原料を用意する:粒状(ペレット)の HDPE を使います[23]。黒や色付きのソールは顔料などを混ぜますが、配合は公開されていません。
- 押出機で溶かす:加熱したシリンダーの中でスクリューが回り、樹脂を溶かしながら前へ送ります[23]。ソール材の特許の実施例では、単軸押出機を毎分100回転、225〜230℃で運転しています[12]。
- Tダイで薄く広げる:押出機の先には「Tダイ」と呼ばれる幅の広い平たい口金が付いています。内部はハンガーのような形の流路になっていて、溶けた樹脂を幅方向に均一に広げます。口金のすき間(リップ)の開き具合で、シートの厚みを細かく調整します[26][27]。
- 冷却ロールで固める:口金から出た膜を、鏡面仕上げのロール3本の間に通して急冷し、平らでつやのあるシートにします。ロールの間隔が最終的な厚みを決めます[26][27]。xc-ski.de はこの工程を「カレンダーで平滑にして冷やす」と書いています[23]。
- 耳を切って巻き取る:両端を切りそろえ、ロールに巻き取ります[21][27]。特許の実施例のシートは厚さ1.2mm、幅105mm でした[12]。
- 裏面を加工する:透明なエクストルードは、裏側からスクリーン印刷やデジタル印刷でグラフィックを入れられます[1][5]。

連続して作れるのでコストが安く、エントリーモデルに多く使われます。なお、ロシニョールは UHMWPE の粉末を1,000〜10,000バールという超高圧で押し出す特殊な方法を特許にしています[11]。ただ、市販のエクストルードの主流はあくまで HDPE です。
シンタード(焼結)の工程
シンタードは、粉末を型に詰めて何時間もかけて焼き固め、できた大きな塊を大根の桂剥きのように薄く剥いで作ります。
- 原料を用意する:UHMWPE の粉末を使います。粒の大きさは120〜180マイクロメートルほどです[24]。ヤマハの特許では、市販の UHMWPE 粉末「ハイゼックスミリオン」や「Hostalen GUR」が例に挙がっています[10]。
- 添加剤を混ぜる:カーボン、グラファイト、ガリウム系の合金、ホウ素などを必要に応じて混ぜます[23]。Gurit(旧 P-Tex 製造元)の特許には、粉末95部とホウ素5部をミキサーで15分混ぜる例があります[14]。配合は各社とも非公開です[24]。
- 型に詰めて加圧・加熱する(焼結):円筒形の金型に粉末を詰め、熱と圧力をかけます。Isosport は、この工程で「粒子が溶け、粒と粒の境目が融合する」と説明しています[7]。ヤマハの特許の例では、まず室温で10MPa(約100気圧)の圧力を5〜10分かけ、次に200〜250℃・2〜5MPa で7〜10時間保ち、最後に圧力を10MPa まで上げながら4〜7時間かけて冷やしています[10]。
- 大きなブロックができる:Isosport のブロックは直径約1m の円盤状です。型の高さに限りがあるので、幅の広いシートが必要なときは、剥ぐ前にブロック同士を溶接します[7]。
- 旋盤で剥ぐ(スカイビング):ブロックを旋盤に取り付けて回し、刃を当てて外周から連続したシートを剥ぎ取ります[24]。Gurit の特許では厚さ1.3mm[14]、ヤマハの特許では0.5〜2mm の帯にしています[10]。
- 後処理をする:ヤマハの特許では、剥いだシートを140〜150℃に10〜30分加熱したあと、毎秒100℃以上の速さで急冷しています。結晶化を抑えて非晶部分を残し、ワックスを吸いやすくするためです。さらに70〜90℃で長さ方向に引っ張り、ゆがみを取っています[10]。Isosport も、融点を超えて短時間加熱してから急冷する処理で、透明度と寸法の安定性を高めています[4]。


ブロックを作らない方式もあります。米国の Crown Plastics は、上下2本のチタン製ベルトの間に粉末をまき、ベルトのすき間をだんだん狭めながら約204〜260℃で加圧して、そのまま仕上がりの厚みで連続的に送り出しています[9][24]。Burton も、ベルトの上に約6mm の厚さで粉末を敷き、約250℃・14〜21MPa で押し固めて約1.2mm のシートにする方法を特許にしています[13]。
板の工場でソールが組み込まれるまで
ソール材は、巻いたロールやシートの状態でスキー・スノーボードの工場に届きます。そこから先の流れは次のとおりです。
- 板の形に切り出す:Never Summer の工場では、ソール材を何枚か重ね、板の形のテンプレートを当てて油圧プレスに入れ、形を切り出しています[28]。
- グラフィックを入れる:色の違うシンタードを色ごとに型で打ち抜き、パズルのようにはめ込んで1枚にする「ダイカット」[28]。透明なシンタードなら、裏側に昇華転写やデジタル印刷で絵柄を入れます[4]。
- 接着面を処理する:ポリエチレンは接着剤がつきにくい素材です。そこで裏面を研磨して細かい凹凸をつけ、炎やコロナ放電を当てて表面を酸化させ、接着剤がなじむようにします[11][14][25]。
- エッジを付けて積層・プレスする:鉄のエッジを曲げてソールに接着し[28]、芯材やグラスファイバーとエポキシ樹脂で重ねて、熱と圧力をかけたプレスで固めます[25][29]。
- 仕上げる:はみ出した樹脂を削り落とし、ストーングラインダーで滑走面を研磨してストラクチャー(細かな溝の模様)を入れます[25][29]。
ソール材そのものを作る工場の公開動画は見つかりませんでした。代わりに、ソール材を切り出して板に組み込むスノーボード工場の動画を2本紹介します。
ワックスはどこに入るのか
ポリエチレンは、分子の鎖がきれいに折りたたまれて並んだ結晶部分と、鎖がランダムに絡み合った非晶部分が混ざった素材です。結晶部分は隙間なく詰まっていて、酸素のような小さな分子さえ入れません[18]。ワックス(パラフィン)が溶け込めるのは非晶部分だけです。

分子の鎖が長い UHMWPE は、絡み合いが多いぶんきれいに結晶化しにくくなります。医療用 UHMWPE の総説によれば、結晶化度は UHMWPE が50〜55%程度、HDPE が70〜80%です[17]。つまりシンタードのほうが非晶部分が多く、理屈の上ではワックスを受け入れる余地が大きいことになります。
ただし、染み込む深さはごくわずかです。Team Snowstorm がフラウンホーファー研究所で行った分析では、アイロンで入れたワックスの到達深さは数百ナノメートル(0.001mm 未満)でした。報告には「ワックスはソールの孔を使わず、ポリマーの分子と絡み合って滑走層を作る」とあります[15]。
実測データ:エクストルードとシンタードの吸収量はほぼ同じだった
ヤマハがソール材の特許(US5189130、1993年)で公開した測定値があります[10]。試験片を110℃の溶けたパラフィンに10分浸し、表面を拭き取ってから重さの増加を量ったものです。
| 試料 | 結晶化度 | ワックス吸収量 |
|---|---|---|
| 押出(エクストルード)分子量10万 | 72.6% | 1.57 mg/cm² |
| 剥ぎ取り(シンタード)分子量400万・未処理 | 62.6% | 1.54 mg/cm² |
| 同上に熱処理+急冷を加えたもの | 50.9% | 2.40 mg/cm² |
ふつうに作ったシンタードと、エクストルードの吸収量はほとんど同じでした。吸収量が増えたのは、熱処理で結晶化度を下げたときだけです。この結果から、ワックスの入りやすさを決めるのは「エクストルードかシンタードか」という区分より、非晶部分がどれだけあるかだと考えられます。
それでも「シンタードはワックスの持ちがよい」と感じる人が多いのは事実です。Burton は、これを孔の有無ではなく「微細な表面のテクスチャによるものだろう」と説明しています[21]。ストーングラインドで仕上げた滑走面の表面ほど非晶の割合が高くなる、という研究もあり[19]、仕上げの影響も大きそうです。

「これは解釈が違うと思われる」説の検証
ここからは、ネットでよく見かける説明のうち、一次情報と食い違うものを取り上げます。引用させていただいた記事は、どれも読者のために丁寧に書かれたもので、ほかの部分では参考になる内容も多いです。業界の中でも長く同じ説明が使われてきた話題なので、書き手の方の落ち度というより、情報の出どころそのものが揺れていたのだと思います。筆者自身の前回記事も検証の対象に含めています。
説1:「P-TEX」と書いてあればエクストルード
Yahoo!知恵袋の回答(2007年)に「P-TEXとかEXTRUDEDと書いていればエクストルード、SINTERDEDと書いていればシンタードです」というものがあります[32]。
解釈の違いと思われる点:P-tex はブランド名です。現在の製造元 CPS は、P-tex を「焼結した超高分子量、または押出した高分子量のポリエチレンで作る高品質フィルムのブランド」と定義しています[1]。P-tex 2000 以上はシンタードで、「P-Tex 4000 Electra」のように書かれていれば、それはシンタードです。ただ、リペアキャンドルも「P-tex キャンドル」と呼ばれ、中身は押出系の材料なので、「P-tex=押出」という印象が生まれるのも無理はありません。
説2:「4000」「7500」などの番号は分子量を表す
snobotech(kogekuma さん)の「スノーボード ソールの材質」は、この話題を調べるときにぜひ読んでほしい記事です[33]。YONEX のカタログから ISO-SPEED 各グレードの分子量(4500=80万、7500=920万、7800=1,050万)を引き、品番を「商品名+番号+種類」に分解して読み解いています。さらに、4500 の板と 7500 の板で友人と同じ条件で滑り比べた体験まで書かれています。カタログの言葉をそのまま受け取らず、一次資料の数字を集めて、自分の滑りで確かめる。この調べ方は本当に見習いたいと思いました。今回の表に ISO-SPEED 4500 / 7800 の数値を入れられたのも、この記事のおかげです。
記事ではそのうえで「この数字はソール材の『分子量』の目安です。数字が高いほど分子量が多い」とまとめられています。同じ ISO-SPEED の中では、番号の順と分子量の順がきれいにそろっているので、そう読むのはとても自然です。ヤマゴリさんの記事にも「素材名の後にくる数字は分子量を表し」とあり[34]、筆者の前回記事も同じ前提で表を作っていました。
解釈の違いと思われる点:ほかのメーカーのデータまで広げると、番号と分子量はつながらなくなります。
- CPS の P-tex 3000 HTR と P-tex 4504 は、番号が違っても分子量はどちらも920万[2][3]。
- P-Tex 2000 は500万で、「2000」とは関係がない[16]。
- Isosport の IS 4400 は押出 HDPE(分子量60万)[5]。一方、ロシニョールの「Sintered 4400」はシンタード。同じ4400でも別物。
番号は各社の品番・グレード名と考えるのが妥当です。snobotech さんが示したとおり、同じシリーズの中なら「大きいほど上位・高分子量」という目安にはなります。ただ、メーカーをまたいで比べることはできません。
説3:分子量が大きいほど分子間の隙間が多く、ワックスがたくさん入る
ヤマゴリさんの「分子量が多ければ多い程、ワックスがたくさん浸透する」[34]、snobotech さんの「分子間の隙間が多い=ワックスが入り込む隙間が多い」[33] という説明です。snobotech さんは結晶と結晶の間の部分を図に描き、そこが多いほどワックスを吸うと説明されていて、実はこの「結晶の間に入る」という見立ては正しい方向を向いています。筆者も前回の記事で、ほぼ同じ推測をしていました。
解釈の違いと思われる点:方向はある程度合っていますが、理由が少し違います。分子量が大きいと鎖の絡み合いが増えて結晶化しにくくなり、非晶部分が増えます[17]。ワックスが溶け込めるのはこの非晶部分なので、結果として「分子量が大きいほうが入りやすい」傾向は出ます。ただし、分子のあいだの「隙間」が増えるわけではありません。高分子の教科書では、分子量が大きいほど鎖の端が減り、分子のすき間(自由体積)はむしろ小さくなるとされています。
さらに、決め手は分子量より作り方です。ヤマハ特許のデータでは、未処理の状態だと分子量800万の試料(1.47 mg/cm²)のほうが400万の試料(1.54 mg/cm²)より吸収量が少なく、熱処理で結晶化度を下げて初めて増えました[10]。
説4:シンタードは多孔質で、スポンジのようにワックスを吸う
これが一番広く見かける説明です。マツカタblog さんの「シンタードはソールに無数の穴が空いているのでワックスが浸透します」[35]、GOLGODA さんのコラムの「細かな穴(ポーラス構造)があり、ワックスが浸透しやすい」[36] などがあります。
解釈の違いと思われる点:ソール材メーカー側の見解は逆です。
- P-Tex を作っていた IMS 社の研究開発責任者 Urs Geissbühler 氏は、工具店 Tognar のインタビューで「何年も、業界のほとんどの人がシンタードには孔があると説明してきた。それは嘘だった」と述べています。ワックスは非晶部分に「熱いコーヒーに砂糖が溶けるように」混ざり、冷えると半分ほどが押し出される、という説明です[22]。
- Burton も公式の解説で、孔があるという説には「本当の科学的根拠が乏しく、数少ない電子顕微鏡写真も孔が多いことの決定的な証拠になっていない」と書いています[21]。
- 前述の Team Snowstorm の分析でも、ワックスは孔を使わず数百ナノメートルしか入っていませんでした[15]。
「粉を焼き固めたのだから粒の間に隙間が残るはず」という直感はとても自然です。業界自身が長くこの説明を使ってきたので、広まったのも当然だと思います。ただ、前の章で見たとおり、実際の焼結は何時間も加熱・加圧して粒の境目まで溶かし合わせる工程です[7][10]。
説5:エクストルードにはワックスが入らないので、ホットワックスは無意味
マツカタblog さんの「エクストルードはワックスが浸透しないので頑張ってホットワックスしても意味ないんですよね」[35] や、知恵袋の回答の「ワックスも入りません、メンテナンスフリーと言うかメンテナンスムリーなのです」[37] などです。
解釈の違いと思われる点:「一切入らない」は言い過ぎです。上のヤマハ特許の測定では、エクストルードの吸収量は未処理のシンタードと同じくらいでした[10]。そもそもワックスの効果の大部分は表面の薄い層で決まるので、エクストルードでもワックスを塗れば滑りは変わります。
一方で、「エクストルードはワックスが切れても性能が落ちにくい」という点は Burton も認めています[21]。なので実用上は、エクストルードは簡易ワックスで十分、シンタードはこまめにホットワックスという使い分けが今でも合理的です。「無意味」というより「費用対効果が低め」と言うのが正確だと思います。はせのらブログさん[39] や snobotech さん[33][40] が「エクストルードでもワクシングは不要ではない」と書かれているのは、この点で正しい指摘です。
説6:ワックスが切れたソールは「酸化」して白くなる

「ワックスを塗ることで滑走面が空気に触れて酸化するのを防ぎ」という説明は[38]、ワックスメーカーの資料を含めて広く使われています。
解釈の違いと思われる点:白くなる主な原因は化学的な酸化ではなく、摩擦で表面が削れて細かい毛羽が立つことです。150km 滑ったクロスカントリースキーのソールを調べた研究では、表面の結晶化や撥水性の低下は見られましたが、酸化は報告されていません[20]。ワックスが毛羽を覆うので、塗ると黒く戻って見えます。ただ、ポリエチレンは紫外線などで少しずつ劣化するので、「酸化はありえない」とまで言い切るのも言い過ぎです。Snowstorm の Scherge 氏は「紫外線・酸素・摩擦・摩耗による高分子の劣化、という広い意味で理解すべき」と整理しています[15]。詳しくはベースバーンの記事もどうぞ。
前回記事の分子量表について
前回の記事には、ブランドごとの分子量やワックス浸透度を並べた表を載せていました。これは AI に調べさせた結果をそのまま使ったもので、一次情報を確認すると、ほとんどの数値に裏付けがありませんでした。
- 「P-Tex 1100=分子量400万」→ P-tex 1100 は押出 HDPE[1]。エクストルードの分子量は公表値で30万〜60万。
- 「DuraSurf 2001=業界標準のシンタードソール」→ 現在の Crown Plastics のサイトでは、SW 2001 はサイドウォール材(分子量230万以上)として掲載されている[8]。
- 「Salomon EG=Electra + Gallium」→ 公式の説明には Electra 仕上げとガリウムの両方が出てくるが、EG をそう略すと明記した資料は見つからなかった。
- 各ブランドの分子量の値 → どの資料にも出てこない。
AI の調査は整理に便利ですが、数値をもっともらしく補完してしまうことがあります。今回はすべての数値にメーカーの原文か論文をひも付け、末尾に出典を載せました。
グラファイト(カーボン)入りソールについて
黒いシンタードの多くは、カーボン(炭素)を混ぜたものです。「Electra」「Graphite」「Carbon Infused」など呼び方はブランドごとに違います。CPS は「特殊な添加剤で電気と熱を通すようにした」と説明し[1][3]、静電気で汚れが付くのを抑える、摩擦熱を逃がす、といった効果をうたっています。
ただし効果の大きさは、メーカーによって言うことが違います。Isosport は自社のカーボン入りソールの目的を「灰色化(毛羽立ち)が目立ちにくい」ことだと書いています[6]。Kuzmin の博士論文は、はっきり確認できた利点は「黒いので日射を吸収する」ことだけで、耐摩耗性と撥水性はむしろ下がると指摘しています[16]。春の湿雪用やレース用として定番ではありますが、一般のスキーヤーが体感できるほどの差があるかは、はっきりしていません。
補修のしやすさが違う理由
ホームセンターでも買えるリペアキャンドルやリペアスティックは、押出系の材料でできています[22]。溶かして流し込めるのは、分子量が小さく溶けると流れる材料だけだからです。エクストルードのソールとは性質が近いのでよくなじみますが、溶けても流れない UHMWPE のシンタードには食いつきにくく、剥がれやすくなります。シンタードの深い傷は、ショップでベースウェルドやシンタード材のパッチで直してもらうのが確実です。
滑走性を左右する表面の仕上げ(ストラクチャー)についても、ショップの解説動画が参考になります。
補注:「PEベース」という呼び方について
ソールの種類を「PEベース/エクストルード/シンタード」の3つに分ける説明を見かけることがあります。たとえばスキーボードブランドの GR ski life さんは、公式サイトの「滑走面のちょっと深い話」(2015年)で「一般には滑走面はPEですが、さらに大きく3種類の素材に分けられます。…・PEベース・エクストリューデッドベース・シンタードベース」と書かれています[30]。note の記事(2020年)でも同じ3分類です[31]。
記事自身が「滑走面はPE」と書かれているとおり、エクストルードもシンタードも素材はポリエチレン(PE)です。「PE」は素材の名前で、「エクストルード」「シンタード」は作り方の名前なので、同じ段に並べると PE とエクストルードが別の素材のように読めてしまいます。おそらく、より安価な低グレードの押出材を「PEベース」と呼び分けておられるのだと思います。そうであれば「低グレードのエクストルード/高グレードのエクストルード/シンタード」と書くと誤解がなくなります。ソール材メーカー3社の製品体系を見ても、区分は押出 HDPE と焼結 UHMWPE の2つです[1][4][5][8]。
まとめ
- エクストルードとシンタードの違いは分子量(数十万 と 数百万以上)と、それに伴う作り方(押出 と 焼結+剥ぎ取り)。
- ワックスは孔ではなく非晶部分の表面近くに浅く溶け込む。染み込む量は、区分より結晶化度で決まる。
- 番号は品番。分子量そのものではないし、メーカーをまたいで比べられない。
- 実用上の結論は変わらない。手軽さならエクストルード、滑走性と耐摩耗性ならシンタード。シンタードの性能を引き出すには、こまめなワクシングが効く。
ワックスの温度帯や成分についてはホットワックスの温度帯ごとの違い、スクレイピングの要否はこちらの記事、ブランドごとのソール呼称の対照表はソール成形方法の定義とワクシングの理論にまとめています。
参考文献・参考情報
本文中の番号 [n] はこのリストに対応しています。
ソール材メーカーの一次情報
- [1] CPS GmbH「Products」— P-tex 製品一覧(押出 HDPE/焼結 UHMWPE の区分、P-tex の定義) リンク
- [2] CPS GmbH「P-tex 3000 HTR データシート」— 分子量 9,200,000 g/mol リンク
- [3] CPS GmbH「P-tex 4504 データシート」— 分子量 9,200,000 g/mol、導電性・熱伝導性の添加剤 リンク
- [4] Isosport「ISOSPEED sintered transparent running bases」— IS 7200 / IS 7500、CC プロセス リンク
- [5] Isosport「ISOSPEED extruded transparent running bases」— IS 4400(押出 HDPE、分子量60万) リンク
- [6] Isosport「ISOSPEED sintered black running bases」— カーボン入りシンタード リンク
- [7] Isosport「Sintering & Skiving」— 焼結と剥ぎ取りの工程、直径約1m のブロック リンク
- [8] Crown Plastics「DuraSurf E801 / E901 / SW 2001 / 4001」製品ページ E801 / E901 / SW 2001 / 4001
- [9] Crown Plastics「Why DuraSurf」— 連続圧縮成形 リンク
特許
- [10] Kageyama, N.(ヤマハ)「Snow ski base material and ski base manufacture」US 5,189,130 — 焼結・剥ぎ取り・急冷の条件、ワックス吸収量と結晶化度の測定 リンク
- [11] Skis Rossignol「US 4,933,127」— UHMWPE の超高圧押出、接着面の炎・コロナ処理 リンク
- [12] Atochem「Snow ski soles」US 5,069,976 — HDPE ソールの押出条件(225〜230℃、厚さ1.2mm) リンク
- [13] Burton「Sintered sheet plastic material and gliding board base material」US 6,588,772 B2 — ベルト式の連続焼結 リンク
- [14] Gurit (Ittigen)「EP 1 053 768 A1」— 粉末と添加剤の混合、1.3mm への剥ぎ取り、研磨と炎処理 リンク
論文・研究報告
- [15] Scherge, M.(2016)「How thick must a wax film be?」Gliding 2(2016) 4–6, Team Snowstorm リンク
- [16] Kuzmin, L.(2010)「Interfacial Kinetic Ski Friction」博士論文, Mid Sweden University リンク
- [17] Bracco, P. ほか(2017)「Ultra-High Molecular Weight Polyethylene: Influence of the Chemical, Physical and Mechanical Properties on the Wear Behavior. A Review」Materials 10(7):791 リンク
- [18] Oral, E. ほか(2007)「Diffusion of vitamin E in ultra-high molecular weight polyethylene」Biomaterials 28(35):5225–37 — 小分子は非晶相だけを拡散する リンク
- [19] Fischer, J., Wallner, G.M., Pieber, A.(2010)「Morphology of polyethylene ski base materials」J. Sports Sci. 28(5):555–562 リンク
- [20] Puukilainen, E. ほか(2013)「Changes in the cross-country ski base properties resulting from the ski use」Sports Engineering 16:229–238 リンク
ブランド・業界の解説、製造工程の資料
- [21] Burton「Sintered vs Extruded Snowboard Bases」 リンク
- [22] Tognar「How to choose the right ski wax」— IMS の Urs Geissbühler 氏の談話 リンク
- [23] xc-ski.de「Beläge / Belagsherstellung」(ドイツ語)— ソール材の製法 リンク
- [24] FasterSkier「How It’s Made – Base Material」(2009、Crown Plastics 取材) リンク
- [25] FasterSkier「How It’s Made: Atomic Skis」(2009) リンク
- [26] LyondellBasell「A Guide to Polyolefin Sheet Extrusion」— Tダイと冷却ロール(一般的な PE シートの押出) リンク
- [27] キーエンス「押出し成形:Tダイ法」 リンク
- [28] Never Summer「How Never Summer Snowboards Are Made」— 切り出し、ダイカット、エッジ接着 リンク
- [29] Amer Sports「Inside the Atomic ski factory」 リンク
本文で検証させていただいた記事
いずれも読者のために丁寧に書かれた記事で、本文で取り上げた点以外にも参考になる説明が多くあります。引用は2026年9月時点の内容です。
- [30] GR ski life「滑走面のちょっと深い話」(2015) リンク
- [31] GRskilife(note)「スキーの滑走面はなぜPE?」(2020) リンク
- [32] Yahoo!知恵袋「スキー(スノボ)板の滑走面材質について」(2007) リンク
- [33] snobotech(kogekuma)「スノーボード ソールの材質」— YONEX 採用 ISO-SPEED の分子量、滑り比べの体験 リンク
- [34] ヤマゴリ「スノーボードのソール!材質や製造方法の違いが及ぼす滑りへの影響!」(2019) リンク
- [35] マツカタblog「スノーボードの価格(値段) 高い・安いはソール(滑走面)素材の違い」 リンク
- [36] GOLGODA「スノーボードのソールはシンタード?エクストルーデッド?違いと選び方完全ガイド」(2025) リンク
- [37] Yahoo!知恵袋「(多分)エクストリュードの板について教えてください」(2025) リンク
- [38] スノコミ「スノーボードのワックス」(2025) リンク
- [39] 気ままな はせのらブログ「ワクシングに役立つ、スノーボード滑走面の専門知識」(2018) リンク
- [40] snobotech(kogekuma)「エクストルードとシンタードの手入れについて」 リンク
日本語で読めるおすすめの解説
- ZARDOZ 関連情報(輸入元 whizz)「すべてのベースマテリアルはポリエチレン」whizz-jp.com
- DMKsnowboard「スノーボード滑走面の深くてためになるお話」(ワックスは非結晶部分に染み込む)dmksnowboard.com
- International Skiing History Association「A Short History of Skis」(英語。1954年の最初の PE ソール「Kofix」)skiinghistory.org
埋め込み動画
- チューンナップPOWERS「板の滑走面の素材の見分け方!エクストルードとシンタードベースの見た目の違い!」
- Snowboards EU「A Sintered Base or an Extruded Base? Which one is better?」
- coolhunting「Burton Manufacturing Center: How to Make a Snowboard」
- seadawgs「Building a LIBTECH Snowboard [Mervin Manufacturing Tour]」
- チューンナップPOWERS「スノーボード・スキーの正しいホットワックスのかけ方」
- チューンナップPOWERS「ブラックソールとグラファイトソールの滑走性能の違いについて?」
- Start Haus Ski & Bike「P-Tex vs. Air Welding | Ski Base Repair Demonstrated」
- スキー屋さん ski-studio「【スキー滑走面の修理】プロショップの技術を公開!!」
- タナベスポーツチャンネル「【メンテ】プロのチューンナップを見よ!ストラクチャーについても詳しく解説!」
図版について
本文中の写真風画像・イラスト・動画は Google Gemini で生成したイメージで、実在の製品や工場を写したものではありません。


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